ネヘミヤ記8章
8:1 民全体が、一斉に水の門の前の広場に集まって来た。そして彼らは、主がイスラエルに命じたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに言った。
七章の最後の部分がエズラ記と異なることは、続く文章の違いから明らかです。ここには、水の門の前の広場に集まったことが記されいます。彼らは、そこで民全体が求めたことは、御言葉を聞くことでした。律法学者エズラにモーセの律法の書を持ってくるように言いました。民自ら御言葉を求めたのです。総督が聖別の働きを始めた時、民自らが御言葉を求める思いを持ったのです。民の歩みが聖別されるためには、御言葉に従うことが必要です。いわばここには、民の歩みにおける聖別が主題となっています。
なお、「水の門」は、御言葉の比喩です。民が水の門に集まり、御言葉を求めたことは相応しいことです。その比喩は、当時すでに理解されていたことが伺えます。
8:2 そこで、第七の月の一日に祭司エズラは、男、女、および、聞いて理解できる人たちすべてからなる会衆の前に律法を持って来て、
8:3 水の門の前の広場で夜明けから真昼まで、男、女、および理解できる人たちの前で、これを朗読した。民はみな律法の書に耳を傾けた。
また、七月一日は、「ラッパを吹き鳴らす」日です。これは、教会の携挙を比喩として示していますが、体の贖われる時です。信者が贖われ完全なものとされるのです。歩みにおける聖別の完成の日なのです。
ちなみに、「贖罪の日」は、七月十日ですが、それは、イスラエルの贖罪の日です。
エズラは、会衆の前に律法の書を持って来て、それを朗読しました。会衆については、「男、女、および聞いて理解できる人たち」と記されています。聞いて理解できる人たちは、男と女以外の人たちのことです。これは、子供たちのことです。子どもの成長の度合いは違いますが、聞いて理解できる人の全てということです。「男、女」と記されていることも、男だけでないことを表していて、女も全員ということです。女も子供も聞いたのです。彼らは、「耳を傾け」ました。幸いなことに、聞く耳があったのです。自ら、御言葉を求めたし、聞こうとする態度がありました。
その朗読は、夜明けから真昼までです。今日の九月に当たりますので、六、七時間程度と考えられます。朝早くから長時間に及びましたが、耳を傾けました。居眠りしていることはなかったのです。
8:4 学者エズラは、このために作られた木の壇の上に立った。彼のそばには、右手にマティテヤ、シェマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤ、マアセヤが立ち、左手にペダヤ、ミシャエル、マルキヤ、ハシュム、ハシュバダナ、ゼカリヤ、メシュラムが立った。
エズラは、木の壇の上に立ちました。民全体に声が届くための工夫です。民が耳を傾けているのに、声が届かなかったり、はっきり聞こえないことは、残念なことです。語る者には、少なくとも明確に語る義務があります。
8:5 エズラは民全体の目の前で、その書を開いた。彼は民全体よりも高いところにいたのである。彼がそれを開くと、民はみな立ち上がった。
エズラが書を開くと、民は皆立ち上がりました。民は、御言葉に敬意を払ったのです。神の言葉としての権威を認めました。民には、恐れ畏み聞く心がありました。聖書の言葉を神の言葉として受け入れる心があったのです。それが態度に現れました。
8:6 エズラが大いなる神、主をほめたたえると、民はみな両手を上げながら「アーメン、アーメン」と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて主を礼拝した。
エズラの賛美に、民も応えました。彼らも心から主を礼拝したのです。
8:7 ヨシュア、バニ、シェレベヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、エホザバデ、ハナン、ペラヤなどレビ人たちは、民に律法を解き明かした。その間、民はその場に立っていた。
8:8 彼らが神のみおしえの書を読み、その意味を明快に示したので、民は読まれたことを理解した。
レビ人たちは、民に律法を解き明かしました。民は、読まれたことを理解しました。それは、まず、神の御教えの書を読んだこと、そして、明快に解き明かしたことによります。このように、御言葉は、はっきりと読まれる必要があるし、明快に解き明かされる必要があります。そうすることで理解されるのです。理解すれば、それを自分のものとし、御言葉を正しく行うことができます。解き明かす者は、明快に解き明かす必要があります。語られている内容が理解できないようなことではいけません。まず、正しいことは必須の条件です。また、明快に理解できるように解き明かさなければなりません。筋道の通らない話を理解することはできません。はっきりとした主題に基づいて語られないと、理解できません。何を語るのかということがはっきりしていない話は、理解されません。また、話の筋と関係ない前置きなども、話を混乱させるだけで意味がありません。最初に何を話すのかということを明確にしておくのも良い方法です。
また、民は、朗読と解き明かしの間、そこに立っていました。耳を傾け、敬意を払って聞く態度で聞いていたのです。語られることを受け入れる思いがありました。ですから、理解できました。単に聞き流していたのではないのです。もちろん、別のことを考えていたり、語られることを信用しないような態度でいたのでもありません。寝ていて聞こえないというようなこともありませんでした。
8:9 総督であるネヘミヤと、祭司であり学者であるエズラと、民に解き明かすレビ人たちは、民全体に向かって言った。「今日は、あなたがたの神、主にとって聖なる日である。悲しんではならない。泣いてはならない。」民が律法のことばを聞いたときに、みな泣いていたからである。
8:10 さらに、彼は彼らに言った。「行って、ごちそうを食べ、甘いぶどう酒を飲みなさい。何も用意できなかった人には食べ物を贈りなさい。今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。」
8:11 レビ人たちも、民全体を静めながら言った。「静まりなさい。今日は聖なる日だから。悲しんではならない。」
民は泣いていました。彼らが神様の祝福について覚えたならば、喜んだはずです。しかし、彼らは、悲しんでいました。自分達の現状が、読まれた御言葉に照らして、罪の結果であることを深く覚えたからです。しかし、ネヘミヤたちは、今日が聖なる日であるから泣いてはならないと言いました。
聖なるとは、神のものという意味です。「あなたがたの神、主にとって聖なる日である。」人のための日ではないのです。それで、自分のことを考え、自分の現状を考えて悲しむための日ではないのです。確かに、自らの罪を顧みることは正しいことですが、この時すべきことではありませんでした。
例えば、パン裂きに集う時、自分の侵した罪を悲しむために集うのではありません。また、自分の満足のためでもありません。コリントに見る混乱は、パン裂きの目的を履き違えた結果です。主を覚えるために集うのです。
彼らは、主を喜ぶように求められました。彼らが目を注ぐのは、自分自身のことではなく、主なのです。主の栄光を覚えて喜ぶのです。そして、それは、彼らの力になります。彼らが堅く信仰に立って、御言葉の内を歩み続ける力は、主を喜ぶところにあります。自らを顧みることは大事ですが、力は、主を喜ぶところにあります。
ご馳走を食べ、甘い葡萄酒を飲むことは、喜ぶことを表しています。
8:12 こうして、民はみな帰って行き、食べたり飲んだり、ごちそうを贈ったりして、大いに喜んだ。教えられたことを理解したからである。
民は、大いに喜びました。ご馳走を食べたからではなく、教えられたことを理解したからです。聖書の言葉が自分のものになったのです。彼らは、理解したことを行うことができます。このように、聖書の言葉が正しく理解されることは、大切なことです。
8:13 二日目に、民全体の一族のかしらたちと、祭司たち、レビ人たちは、律法のことばをよく調べるために、学者エズラのところに集まって来た。
民かしらたちと祭司たちそしてレビ人たちは、さらに御言葉を求めました。それを調べるために学者エズラのところに集まったのです。その後の行動から分かるように、御言葉に示されていることで行うべきことがないかどうかを調べたのです。彼らには、神の言葉通りに行おうとする思いがあり、そのために聖書を調べたことがわかります。
8:14 そして彼らは、主がモーセを通して命じた律法に次のように書かれているのを見出した。すなわち、「イスラエルの子らは第七の月の祭りの間、仮庵の中に住まなければならない。
8:15 また、『山へ出て行き、オリーブの葉、野生のオリーブの木の葉、ミルトスの葉、なつめ椰子の葉、また茂った枝木などの枝を取って来て、書かれているとおりに仮庵を作るように』と、自分たちのすべての町とエルサレムに通達を出して、知らせなければならない」とあった。
8:16 そこで民は出て行き、枝を取って来て、それぞれ自分の家の屋根の上や庭の中、また神の宮の庭、水の門の広場、エフライムの門の広場に、自分たちのために仮庵を作った。
8:17 捕囚から帰って来た全会衆は仮庵を作り、その仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの時代から今日まで、イスラエルの子らはこのようにしていなかったので、それは非常に大きな喜びであった。
彼らは、仮庵の祭りについての記述を発見しました。彼らは、書かれている通りに通達を出したのです。民は、書かれているように仮庵を作りました。仮庵を作って住むことは、ヨシュアの時代から行われていなかったようです。仮庵の祭りとして捧げ物を捧げた記事は記されています。また、十五節の記述は、聖書に見出すことはできません。
8:18 神のみおしえの書は、最初の日から最後の日まで毎日朗読された。祭りは七日間祝われ、八日目には定めにしたがって、きよめの集会が行われた。
聖書は、毎日朗読されました。祭りは、御言葉が中心でした。